「岐阜県は東日本？それとも西日本？」という問いは、地理や文化、インフラなどさまざまな文脈でたびたび話題になります。日本を東西に分ける線は、行政やインフラの区分、言語や風習といった文化的背景によって基準が異なるため、この問いには一概に答えを出すことができません。
例えば、岐阜県は中部地方に属していますが、「中部」という呼び名そのものが東日本と西日本の中間的な地域を指すため、東西どちらに含めるかは文脈次第です。また、岐阜県内でも地域によって文化や言葉の違いが見られ、ひとつの県の中に複数の性格が共存している点も、この問いをさらに複雑にしています。
この記事では、地理的位置や行政的な分類だけでなく、電力周波数や鉄道会社のエリア、方言や食文化の違いといった多様な切り口から、岐阜県の「東日本・西日本どっち問題」について深掘りしていきます。分類の揺らぎを通して、日本列島における「境界の面白さ」も感じていただければ幸いです。
地理的・行政的にはどっち？
地理的位置と中部地方の扱い
岐阜県は日本列島のほぼ中央に位置しており、北は富山県・石川県、東は長野県、南は愛知県・三重県、西は滋賀県・福井県と接しています。このように、東日本と西日本の接点にあることから、どちらに属するのか明確に判断しづらい地域とされています。
地理学的な視点では、「糸魚川静岡構造線」というプレート境界に注目されることがあります。これは新潟県糸魚川市から静岡県まで南北に延びる地質学的な境界線で、日本列島を東西に分ける線として象徴的に語られることがあります。岐阜県はこの構造線の西側に位置していますが、必ずしもこの線が文化や行政の境界線と一致するわけではありません。
岐阜県は「中部地方」として分類されるのが一般的です。中部地方自体が、東海、北陸、甲信といった細かい区分に分かれており、岐阜県はこの中で「東海地方」に属するとされる場合が多いです。ただし、飛騨地方は北陸とのつながりが強く、地域内でも地理的性格に差があります。
行政区分における分類（総務省・統計局など）
総務省統計局などが実施する国勢調査や統計資料では、岐阜県は「中部地方」として分類されていますが、資料によっては東日本に含まれることもあります。たとえば、災害時の広域支援体制や物流エリアでは、東日本ブロックにまとめられることがあります。
気象庁が発表する天気予報においては、岐阜県は「東海地方」に区分されており、愛知県や静岡県、三重県とともに扱われます。また、国土地理院が地図上で示す地方区分でも「中部」に属しており、東西の二分法ではない視点が採用されています。
NHKや民間メディアの報道区域でも、岐阜県は「名古屋放送局」の管轄に含まれており、愛知県との連携が強調されています。このように、行政的な区分は中部・東海を基準とすることが多く、東西いずれか一方に明確に属しているとは限りません。
インフラから見る東西の境界線
電力周波数（50Hzと60Hz）の境目
日本では、東日本が50Hz、西日本が60Hzの電力周波数を使用しており、この境界は明確に分かれています。岐阜県はちょうどその境目付近に位置しており、県内で使用されている電力周波数は地域によって異なります。
中部電力が管轄する岐阜県の大部分では60Hzが使われていますが、県の東端の一部地域では50Hzが供給されているケースもあります。具体的には、長野県境や愛知県との県境付近の一部地域で、周波数が混在するエリアが存在しています。
関ケ原周辺は、電力系統の変換地点としても知られており、ここで東西の周波数を変換する施設が運用されています。こうした設備は、周波数の違いによる電力融通の障害を緩和するために設けられており、岐阜県が日本の電力インフラにおいても境界的な役割を担っていることが分かります。
鉄道会社と通信エリアの違い
岐阜県を走る主要な鉄道路線の多くはJR東海が運営しており、名古屋を中心とした中京圏との結びつきが強い構造になっています。ただし、西濃地域や北部の一部区間ではJR西日本の列車が乗り入れている区間もあり、エリアによって運営主体が異なります。
たとえば、高山本線の岐阜駅から北方向では、途中からJR西日本の運行となり、飛騨地方では西日本側のダイヤ編成や運賃体系が適用されます。このように、岐阜県内ではJR東海とJR西日本の両社のサービスが重なる部分が見られます。
通信インフラの面では、NTTのエリア区分に注目されることがあります。岐阜県はNTT西日本の管轄に属しており、電話番号体系やサービス提供エリアは西日本基準となっています。テレビ放送においても、県内の大半は名古屋を中心とした中京広域圏に含まれており、ローカル局の放送内容やCMも中京圏寄りの構成になっています。
文化・言語圏としての岐阜県
方言・言語的特徴
岐阜県には大きく分けて「美濃弁」と「飛騨弁」という2つの主要な方言があります。南部の美濃地方では、愛知県や三重県と共通する特徴を持つ美濃弁が話されており、語尾に「〜やんか」「〜やろ」など、関西的な言い回しが見られることがあります。語調やイントネーションも関西圏の影響が色濃く感じられます。
一方、北部の飛騨地方では飛騨弁が使われており、東北や信州方面に近い特徴を含む表現もあります。「〜け？」のような疑問表現や、「だに」「〜やさ」など独自の語尾が見られ、方言のバリエーションが豊富です。地形によって交通の便が限られていた歴史的背景から、飛騨弁には独自の言語文化が長く保たれてきた側面があります。
同じ県内でも地域によって言葉の印象が大きく異なるため、外部から訪れた人にとっては、同じ岐阜県でも「話し方の違い」に驚くことがあります。特に美濃と飛騨で、語彙やイントネーションが大きく変わるため、県内における言語圏の多様性が際立っています。
食文化・風習の傾向
岐阜県の食文化は、東西の特徴が入り混じる形で根付いています。味噌文化においては、名古屋圏の影響を受けた赤味噌（八丁味噌など）が美濃地方で広く使用されています。味噌カツや味噌煮込みうどんなど、名古屋めしと共通するメニューも日常的に食されています。
一方、飛騨地方では比較的あっさりした味付けが好まれる傾向にあり、信州や北陸に通じる料理も見られます。朴葉味噌や漬物ステーキといった郷土料理には、保存食文化や山間部ならではの知恵が息づいています。
冠婚葬祭や年中行事においても、地域ごとの風習の違いが見られます。例えば、結婚式では東日本的な形式と西日本的な形式の両方が見られ、引き出物の内容やご祝儀の額にも地域差があります。葬儀における香典返しや祭壇のしつらえなどにも、文化的な多様性が表れています。
また、テレビCMや交通マナーなど、日常生活に関わる文化の違いも顕著です。車社会の中でもウィンカーの使い方や譲り合いの習慣など、他地域から訪れた人が気づく細かな差異が随所にあります。テレビ放送については、名古屋エリアの番組が中心で、関西圏の影響を感じることは少ないものの、飛騨地方では北陸や長野方面の放送波を受信している世帯もあります。
岐阜県民の気質と「どっち寄り」感覚
関東寄りと感じる要素
岐阜県の南部に位置する美濃地方では、経済・交通の面で愛知県名古屋市との結びつきが非常に強く、通勤通学圏としても中京圏に含まれています。そのため、都市部での立ち居振る舞いや生活習慣は、関東的な「ていねいさ」や「控えめさ」に近いと感じられることがあります。
言葉遣いにおいても、美濃弁は一部関西弁に似た表現を含むものの、イントネーションや表現の距離感は標準語に近く、他県から来た人にも受け入れられやすい印象を与える傾向があります。また、仕事や商取引におけるやり取りでは、控えめで形式を重んじる姿勢が評価されることがあり、そうした面でも東日本的な空気を感じるという声もあります。
名古屋圏のテレビや新聞、流通経路などが日常生活の基盤に組み込まれているため、東海地方としての中立的なアイデンティティを持ちつつも、情報的には東京発のトレンドや全国標準に親しみを持つ人が多い地域でもあります。
関西寄りと感じる要素
岐阜県の西部や北部では、歴史的に近畿圏と結びついてきた経緯があります。特に関ケ原を越えた地域や、飛騨地方の一部では、関西圏の文化や言葉づかいが色濃く残されています。日常会話の中に「〜しとる」「〜やさ」など、関西的な響きを持つ表現が多く見られます。
人柄の面でも、関西的な「親しみやすさ」や「距離感の近さ」が感じられることがあり、初対面でも打ち解けやすいといった印象を持たれることがあります。商売や交渉の場でも、フレンドリーで飾らない態度を取る人が多く、これが関西文化と重なると捉えられることがあります。
さらに、岐阜県内では関西ローカルのテレビ番組を視聴できる地域もあり、吉本興業系のバラエティ番組や関西のニュースに親しんで育った層も一定数存在します。こうした情報環境や娯楽の影響も、関西寄りの文化感覚を形成する一因となっています。
「どっちとも言える」理由とその背景
なぜ分類が分かれるのか？
岐阜県は日本列島のほぼ中央に位置しており、古くから東西を結ぶ交通の要所として発展してきました。とくに中山道や東山道、後には東海道本線や名神高速道路などが整備され、関東と関西をつなぐ通過点としての役割を担ってきた歴史があります。
このような交通の交差点としての立地により、東日本と西日本それぞれの文化や商流が入り交じる環境が生まれました。地域ごとに異なる言語や食文化が共存する背景には、そうした人や物の流れの中で自然と形成された地理的特性が影響しています。
行政やインフラの整備においても、統一された基準で分割することが難しいため、電力周波数やJR路線の所属、行政区画などにおいて東西が交差するような状況が生まれています。観光や商業の振興においても、東西の両方の魅力を取り込む戦略が取られてきた経緯があります。
また、戦国時代や江戸時代においては、美濃や飛騨の各地域が異なる大名の支配下にあり、近畿や関東からの影響が混在する状態が続いていました。歴史的な勢力分布の多様性が、現代に至るまで「どちらとも言える」という印象につながっています。
同様に境界にある他県との比較
岐阜県のように、明確に東西どちらかに属すると言いきれない県は他にも存在します。三重県は地理的には近畿地方に含まれながら、行政的には中部地方として扱われることもあります。文化や言語面では、関西弁の影響が強く見られる地域と、名古屋文化に近い地域が混在しています。
静岡県は東海道沿いに広がる県で、東部は関東圏の影響を受けており、西部は名古屋圏とのつながりが深くなっています。特に浜松周辺では、テレビ放送や言語習慣において東西両方の要素が入り交じっています。
福井県もまた、北陸地方の一部でありながら、近畿圏への通勤・通学圏に含まれることがあり、文化的には関西とのつながりが色濃い地域です。こうした県々に共通するのは、いずれも交通の要所に位置し、歴史的にも多方向からの影響を受けやすかったという点です。
岐阜県が抱える「東西どっちとも言えない」という曖昧さは、日本列島の構造や地域史がもたらした結果であり、同様の特徴を持つ他県と比較することで、その独自性と共通性の両方が浮かび上がってきます。
まとめ
岐阜県は日本列島の中央に位置し、地理的にも文化的にも東日本と西日本の境界にあたる特徴を持っています。そのため、「岐阜県はどっちに属するのか？」という問いに対しては、行政、インフラ、言語、文化などの切り口によって異なる答えが導き出されます。
行政区分では中部地方や東海地方として扱われることが多く、気象庁や総務省の分類でも、明確に東西いずれかに分類しない中立的な立場をとるケースが見られます。電力周波数やJRの運営区分などのインフラ面では、県内で東西の境界が交差しており、技術的な分断の中に岐阜が存在していることが確認できます。
文化や言語の面では、美濃地方と飛騨地方で異なる気質や方言が存在し、それぞれが関東的・関西的な特徴を併せ持っています。食文化や冠婚葬祭の習慣にも東西双方の影響が見られ、地域ごとに「どっち寄り」と感じるポイントが異なります。
こうした特徴を総合してみると、岐阜県は明確にどちらかに分類されるというよりも、「両方の要素が共存している県」であると捉えるのが自然です。分類が分かれる背景には、地理・歴史・社会的な複合要因が絡んでおり、それが岐阜県の多様性と面白さを生み出しています。
分類の揺らぎに注目することで、地域の成り立ちや文化の広がりをより深く理解することができます。岐阜県のような境界的な地域を通じて、日本の東西文化の豊かさや地域間の結びつきを再発見することができるかもしれません。