町田は東京と神奈川どっち?「神奈川県町田市」と言われる4つの理由と“元神奈川”の歴史的真実

「町田って、神奈川県の首都だよね?」
「いやいや、地図をよく見てよ!立派な東京都だよ!」

友人との会話や飲み会の席で、こんな論争を耳にしたことはありませんか?
ネット上でも度々ネタにされる、永遠のテーマ「町田、どっち問題」

これほどまでに「神奈川県扱い」されるのには、単なる勘違いでは済まされない、地理的・歴史的な深い理由が存在します。

この記事では、町田市の行政上の「正解」をズバリ提示した上で、地図による検証、神奈川と言われる納得の理由、そして「実は本当に神奈川県だった」という歴史的真実までを深掘り解説します。

結論:町田市は「東京都」です(でも実態は…)

まず、読者の皆様が一番知りたい「事実」からお伝えします。
正解は、紛れもなく「東京都町田市」です。

住所を書く際は「東京都」ですし、都知事選に投票権があり、管轄は警視庁です。しかし、なぜこれほど議論になるのか。それは「行政区分」と「生活の実態」に大きなギャップがあるからです。

その複雑な立ち位置を、ひと目で分かる表にまとめました。

【町田市の所属・実態早見表】

項目所属・実態備考
行政区分東京都決定的な事実。公立学校や福祉も東京都の制度。
地図・地形ほぼ神奈川神奈川県側に深く突き刺さるような形状。
交通網神奈川寄り横浜線(神奈川の縦軸)と小田急線(神奈川への大動脈)が交差。
経済・生活圏相模原と一体お隣の相模原市(神奈川)との結びつきが非常に強い。
市外局番042東京の多摩地域だけでなく、神奈川の一部でも使われる番号。

解説:行政は東京、魂は…?

法律や行政の上では完全に「東京」です。しかし、上記の表の通り、生活の実態や地理的な位置関係を見ると「神奈川県」の要素が色濃く混ざり合っています。

町田市民の中には「行政サービスは東京の恩恵を受けつつ、遊びや生活のフィールドは神奈川」という、ハイブリッドな生活を送っている人も少なくありません。これが「町田は神奈川」と勘違いされる(あるいはネタにされる)最大の要因です。

なぜ「町田は神奈川」と言われるのか?4つの決定的理由

では、なぜここまで「神奈川県町田市」というジョークが定着してしまったのでしょうか?
そこには、誰もが「それは間違えるわ…」と納得してしまう4つの理由があります。

【地図で検証】神奈川県に突き刺さる「半島」のような形状

地図で東京都全体を見てみてください。町田市は、東京都の南端に位置し、神奈川県側に大きく突き出しています。

  • 南・西: 神奈川県相模原市
  • 東: 神奈川県横浜市、川崎市
  • さらに南: 神奈川県大和市

このように、周囲の大部分を神奈川県の市に囲まれています。まるで神奈川県に食い込む「半島」や「盲腸」のような形状をしており、視覚的に「これ、神奈川の一部じゃない?」と思われても仕方がない配置なのです。

交通の便が「対 神奈川」に特化している

鉄道網を見ても、神奈川との結びつきの強さは一目瞭然です。

  • JR横浜線: 八王子と横浜を結ぶ路線。町田から横浜方面へのアクセスが非常に良く、神奈川県民の足として機能しています。
  • 小田急線: 新宿(東京)へ出られる一方で、下れば「厚木」「小田原」「湘南(江ノ島)」へと繋がります。

町田駅は、神奈川県央・県南地域へ向かうための巨大なターミナル(ハブ)として機能しており、人の流れが東京23区方面だけでなく、神奈川方面へも太く流れているのです。

お隣「相模原市」との強すぎるパートナーシップ

町田駅周辺を歩いたことがある人ならご存知かと思いますが、町田駅のすぐ南側(境川の向こう)は、もう神奈川県相模原市です。

駅前のヨドバシカメラなどは町田市ですが、そこから数分歩けば県境を越えます。行政間でも「相模原・町田」として連携してイベントを行ったり、経済圏が完全に一体化しています。この「ニコイチ」感も、境界線をあいまいにさせている要因の一つです。

ネット・メディアによる「神奈川の首都」ネタの定着

もはや文化として定着したのが、ネットやテレビでの「イジり」です。

  • 「町田は神奈川の領土」
  • 「神奈川県町田市」
  • 「町田パスポートが必要」

『月曜から夜ふかし』などのバラエティ番組で、町田市民が「神奈川県民と間違われる」エピソードを面白おかしく語ったことで、「町田=ほぼ神奈川」という認識が国民的なネタとして昇華されました。今では町田市民自身が、このネタを自虐的に楽しんでいる節さえあります。

【歴史トリビア】噂は本当だった!かつて町田は「神奈川県」だった

「町田は神奈川」というのは単なるジョークだと思っていませんか?
実は、歴史を紐解くと「かつて本当に神奈川県だった」時期があるのです。

明治26年(1893年)までの真実

明治時代の初期、町田市を含む現在の多摩地域(いわゆる三多摩)は、正真正銘「神奈川県」の管轄下にありました。
つまり、1893年(明治26年)以前にタイムスリップすれば、「神奈川県町田市」(当時は町田村など)は正解だったのです。

なぜ東京に移管されたのか?(三多摩移管)

では、なぜ神奈川から東京へ移ってしまったのでしょうか? 主な理由は2つあると言われています。

  1. 水利権の問題(玉川上水): 当時、伝染病(コレラ)の流行などがあり、東京の水源である「玉川上水」の衛生管理を徹底する必要がありました。水源が神奈川県にあると東京府が直接管理しにくいため、「流域ごと東京にしてしまえ」という動きがありました。
  2. 政治的な理由(自由民権運動): 当時、多摩地域では自由民権運動が盛んでした。政府にとって都合の悪いこの運動を、神奈川県から切り離してコントロールしたかったという政治的背景もあったとされます。

こうして、町田を含む三多摩地域は神奈川県から東京府へ移管され、現在に至るのです。

それでも「東京都」であることのメリット・デメリット

ネタにされがちな町田ですが、実際に住むとなると「東京都」であることには大きな意味があります。

メリット

  • 最低賃金が高い: これが最もリアルな恩恵かもしれません。道路一本挟んだ神奈川県側よりも、東京都の最低賃金の方が高く設定されているため、アルバイトやパートをするなら町田側がお得な場合があります。
  • 手厚い行政サービス: 東京都独自の福祉サービスや助成金(例:シルバーパス、子供の医療費助成など)の対象となります。
  • 「都民」というステータス: どんなにいじられても、住所は「Tokyo」。これには一定のブランド力やプライドを感じる人も多いようです。

デメリット(または微妙な点)

  • 都心への距離: 「東京」とはいえ、新宿まで小田急線で30〜40分。東京23区の東側(上野や浅草など)へ行くには、意外と時間がかかります。
  • 車のナンバー: もちろん「品川」や「練馬」ではなく「多摩ナンバー」です。「町田ナンバー」導入の噂も過去にはありましたが、現在は多摩ナンバーエリアです。

まとめ:町田は「町田」という独立国家!?

ここまでの検証をまとめます。

  • 行政: 間違いなく「東京都」。
  • 地理・生活: 限りなく「神奈川県」に近い。
  • 歴史: かつては本当に「神奈川県」だった。

町田市は、東京と神奈川の境界に位置し、両方の文化や利便性を吸収して発展してきました。駅周辺にはルミネやマルイ、小田急百貨店が立ち並び「西の渋谷」「リトル新宿」と呼ばれるほどの繁華街がある一方で、少し離れれば豊かな自然も残っています。

「東京か、神奈川か?」

そんな論争さえも飲み込んで、独自の文化圏を築き上げている場所。それこそが「町田」という街の最大の魅力なのかもしれません。